【もしも今突然あなたが消えたなら】
6年前、父から電話がかかってきた。
当時わたしは神奈川県で
看護師として働いていて、
一人暮らしをしていた。
父はこう言う。
『お母さんの足があざだらけなんだ』
『いま病院で診察待ち中』
『またなにかわかったら電話する』
わたしはそれがどういう状態かすぐにわかった。
『お父さん、それ白血病だから』
『いますぐ大きい病院に行って』
それから両親を医療センターに向かわせた。
医師や看護師に
母が自力で歩いていたことについて
驚かれたそう。
即入院、即輸血。
翌日わたしは病院に向かいましたが
母は変わり果てた姿で
無菌室に入れられていました。
この時23歳。
あまりの衝撃に、わたしは数日間
仕事にも行けず、ひたすら一人で泣いていました。
母を失うのが怖かった。
母と離れる準備はなにもできていない。
輸血の量を見てわかる。
3日間が山で、生死に関わっている状況だと。
失うときまったわけでないのに
失う想像ができた。
その瞬間に悲しみが増えて、
後悔とはこんなふうに感じるものなのかと
とても孤独を感じました。
母の作るごはんの味を教えてもらいたかった。
母の大事にしてきたものを教えてもらいたかった。
わたしがどんな子どもだったのかもっとききたかった。
わたしと過ごした日々は
どれだけ幸せだったのか知りたかった。
やっと看護師になったのに。
やっとじぶんで稼げるようになったのに。
大きくなったんだよと、見せたい姿があった。
これから母とどんな時間をすごそうか考えていた。
行きたい場所、見たい景色もあった。
やりたいこともあった。
これから何十年も普通に過ごすだろうと思っていた未来は
だれでも突然に消える可能性があるということを
じぶんの身に起きて初めてわかった。
23歳のわたしは
心の中でとにかく謝った。
そして感謝をした。
人の命は突然消える。
それはだれもが同じ条件で
いつでもありうること。
突然の死はだれもが
万全な準備をしていない出来事です。
準備していないことだから
後悔は必ず、ついてくるけれど
その後悔をなるべく生きているうちに
小さく小さくしておくこと。
だから、
どれだけ親子で言い合いをしても
心の中では感謝いっぱいでいる。
相手に伝えなくとも、
じぶんの心の中ではいつも思っている。
母に優しくできなくても
わたしは他の誰かに優しくしたらいい。
じぶんにも誰かにも
愛情いっぱいでいること。
結局それしかわたしたちにはできないと思う。
でも、わたしたち、
人間だからできることでもあると思う。
もしも今突然消えるとしたら
あなたはどう生きていたいだろう。